【書評】死ぬときに後悔すること25

読書

人間は誰でもいつかは死にます。

私もあなたも、私の大事な両親や姉妹、子供、配偶者、あなたの大事な人も皆、いつか死にます。

それは50年後かもしれないし、明日かもしれません。

私は思春期の頃に『自分はいつか死ぬんだ・・・。』ということをふと意識して以来、夜も眠れなくなるほど、恐ろしくなり、底の見えない暗闇に引きづられそうな思いになることがあります。

ですが、いつか必ず死ぬからこそ、いま生きている時間を大事にして、死ぬときに後悔を残したまま死にたくない。
北斗の拳のラオウのように、『我が生涯に一片の悔いなし』と言って、死ぬことができたら、どんなに素晴らしいことかと思います。

緩和医療医である大津秀一さんの『死ぬときに後悔すること25』は、緩和医療という人生の終末期の医療現場で1000人の死を見届けた中で、『多くの人が死ぬ間際で後悔したことをまとめた本』です。

世の中には色々な人間がいますが、『実は、死ぬ間際に人間が後悔することは、それほど多様性がないことが分かってきた。』と大津さんは言います。

何百例も症例が集積すると、ひょっとすると皆が抱えている後悔、人生で解き残す問題は、実はそれほど多様性がないのではないかということがわかってきた。
要するに、人が後悔する内容は人類皆兄弟、だいたい決まっているのである。
だったら、終末期に皆が後悔すること、それを前もって紹介し、元気なうちからやっておけばよいのではないか、そのような思いから生まれたのがこの本である。

この本には、多くの人が死を前にして後悔したことを、生々しい体験談として書かれています。

人は夢を叶えられなかったことを後悔するのではない

私はいま35歳ですが、10代、20代のときの困難な状況も、いまから思えばそれほどたいしたことではなく、あのとき、諦めずに夢を追い続けていれば、意外となんとかなっただろうし、また違う人生になったかもしれないな。と思うことがあります。

だからこそ、いまから立ちふさがるであろう困難も、実は、40代、50代になった自分からしてみれば、実はたいしたことではないのではないか?と思います。

考えてみると、死ぬ前に後悔するのは、夢がかなわなかったこと、かなえられなかった、そのものよりも、むしろ夢をかなえるために全力を尽くせなかったことにあるのかもしれない。
~~夢を持ち続けられなかったことに後悔するのだ。

親や旧友に会いに行きたくなる本

死期が近づいてくると人間は過去へ戻っていくのだそうです。
だんだんと現状の認識ができなくなり、息子を父と勘違いしたり、妻を母と勘違いしたりすることが増えてくると言います。

やはり若い頃の記憶というのは、心の奥底にしっかり刻まれており、それだけに無性に懐かしくなり、恋しくなる。
でも、死を前にした状態では、故郷に帰ったり、親の墓参りに行ったり、旧友に会いに行ったりする体力も残っていない。

だからこそ、もっと故郷に帰っておけばよかった。親の墓参りに行ったら良かった。会いたい人にもっと会いに行けばよかった。と後悔する。

私の両親は幸い、まだ元気にやってますが、こんなことを聞かされたら、まだ元気なうちに、もっと実家に帰っておこうか。とか、最近、疎遠になっている旧友に会いに行ったりしてみようかな?と思ったりします。

『死ぬときに後悔すること25』目次

第1章 健康・医療編―死ぬときに後悔すること1
第2章 心理編―死ぬときに後悔すること2
第3章 社会・生活編―死ぬときに後悔すること3
第4章 人間編―死ぬときに後悔すること4
第5章 宗教・哲学編―死ぬときに後悔すること5
第6章 最終編―死ぬときに後悔すること6

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