ダメなときこそ、その人の真価が問われる

徒然なるままに

少し前に、尊敬する友人の一人であるのんくらさんがこんなツイートをされていました。

これ本当にそう思います。
ノッテルときってほんと無意識のうちに頑張れるんですよね。

僕のやっているアフィリエイトを例にすると、最初のうちって訳が分からないからなかなか報酬も伸びずに色々試行錯誤するんですけど、そのうちに「あっ!こうやれば上手くいくのか。」ってのが分かるときが来ます。

そうなると、もうやればやるほど報酬が伸びるのは分かってるし、やったことに対して結果が付いてくるのが楽しいから、もう夢中になって作業するようになってくるんですよね。
僕も数年前にそういう時期があって、朝は毎日7時に起床、8時から仕事開始して、ご飯・トイレ・お風呂の時間以外はすっと仕事、晩ご飯でもお酒も飲まずに晩ご飯の後も23時~24時くらいまで作業して、1日15時間くらい仕事してました。
でも全然苦じゃなくむしろ楽しいんですよね。
それってやっぱり「うまくいっているから、また、やればやるほどうまくいくことが分かっているから」なんですよね。

確信ってやつです。

モチベーションを持続する鍵は『確信』にある!※世界初のサイクロン式掃除機を発明したダイソンに学ぶ努力を続ける秘訣
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「うまくいかないとき」「行き詰まったとき」にどうするか

で、問題はのんくらさんも言っているように、「うまくいかないとき」「行き詰まったとき」なんですよね。

・意気揚々と取り組み始めたことがなかなかうまくいかない。
・これまでめちゃくちゃ努力を積み重ねてきたことが失敗に終わった。

そんなときに「どういう選択肢を取るかっていうのが人生の分岐点」なんじゃないかと思うわけです。

僕の場合を例にすると、上記に書いたようにノリノリの時期に突然、Googleのアップデートによって僕のサイト群が大幅に順位を下げられるという事態が発生しました。
それまで数百万円あったアフィリエイト収入が一気に数十万円まで落ちました。

こういうときに感じることって、収入が落ちたことももちろん痛いんですが、それよりも「自分がこれまで何年もかけてやってきたことはなんだったんだ・・・?」っていう無力感の方が大きいんですよね。
頭のなかに、積み重ねても積み重ねても、鬼がやってきて、せっかく積み重ねた石を崩してしまう「賽の河原」の光景が浮かんでくるんです。

賽の河原には、親に先立って死んだ小児が石を拾って父母供養のために塔を作ろうとするが、石を積み上げると鬼が来て塔を壊してしまい、これを地蔵菩薩が救うという話があるが、仏典には典拠がなく民間信仰による俗信である。
この俗信から、「賽の河原」は無駄な努力のたとえにも用いられるようになった。賽の河原(さいのかわら)|語源由来辞典

ダメなときこそ、その人の真価が問われる

・やってもやっても報われない。
・これまでの努力を無に帰す失敗。

人生ってほんと山あり谷ありです。
思い返せば僕の人生は、「乗りに乗っている時期」と「転落した時期」の繰り返しのような気がします^^;
10代や20代の頃は、「転落した時期」に取り乱してしまって、色々な人に迷惑や心配をかけたり、格好悪い自分を見せてしまったこともありました。

でもそういう良いときと悪いときの繰り返しを30数年繰り返してきたおかげで、うまく行かないとき、行き詰まったときにはこう考えられるようになりました。

『ダメなときこそ、その人の真価が問われる』

本性が見えるという言い方をしてもいいかもしれません。
ダメなときに「どういう考え方」をして「どういう行動」を取るかということで、自分自身に対するセルフイメージもそうですし、他人から見える自分のイメージも決まると思います。

のんくらさんの言葉を借りると「いま自分は試されている」ということ。

いま「どういう選択肢を取るかっていうのが人生の分岐点」だし、「他人からの信頼を失うか獲得するかの分岐点」でもあるってことなんですよね。
まあそこまで大げさに考えなくても、慣れてくれば「あ~また試しの時期がやってきたのか~。さて頑張るか!」ってなもんです。

そういう風に考えるようにすると、無力感に苛まれて無気力になる危険から脱し、再起して一から努力をやり直すきっかけになるんじゃないかと思います。
人生は七転び八起きですな!

ダメなときはいったん休むことも大事

とはいえですね^^;
努力を重ねてきたことに対して、いったん「失敗」という結果が出てきた。
そんなときは落ち込むのが普通の人間だし、逆にちゃんと落ち込んだ方がいいです。

ストレスの天敵は迂闊である。ってすごいいい言葉だなと思います。

あんまりね、自分の感情に対して不感症になっちゃだめだと思うのです。
うれしいときはちゃんと喜ぶ、つらいときはちゃんと落ち込む。っていう風にしないと精神衛生上よくない気がします。
「常に前向きで失敗してもクヨクヨせずすぐに再起することが大事!」と思って無理をしていると、どこかで限界がきます。

なので、「失敗した!」「嫌なことがあった!」「努力が報われない!」

そんなときは休みましょう!落ち込みましょう!

落ち込むときは期限を区切ろう!

僕はアフィリエイト報酬が激減したときに、妻に「1週間飲んだくれるわ!」と宣言しました。
1週間の間は、まったく仕事をせず昼間からお酒を飲んで、1日中ゲームしたりして、ダラダラと過ごしました。
で、1週間経ったときに、「さて!じゃあどうするか。」と具体的にどう盛り返していくかの戦略立てを開始しました。

こんな感じで、落ち込みたいときは「とことん落ち込む」のが大事ですが、同時に「期限を決めて落ち込む」ってのも大事だと思います。

人間って「慣れる」生き物なんですよね。
自堕落な生活をいったんしてしまうとなかなか元に戻すのが難しい。
最初は「もう嫌になった!思う存分、好き勝手な生活をしてやる!」と思って始めても、そのうちその生活に慣れてそれが普通になってきちゃう。

なので、どこかで元に戻すスイッチを用意しておかないとどこまでも落ちていってしまいます。

そのスイッチとして「期限を決めてから落ち込む」ってのはなかなか有効なのでぜひお試しあれ。
1週間あれば、当初のショック状態も薄れ、感情も落ち着いてきます。
で、まったく仕事(落ち込みの対象)から離れることで、逆に仕事について冷静に考えられるようになってきます。

あと周りの人間の見る目も違います。
僕の場合は妻でしたが、夫、子供、親、友人、彼氏彼女など、期限を宣言しておくことで、周りの人間もいつまでダラダラと落ち込んでいるか分からず、「こいつ大丈夫か?」とストレスを抱えながら見守るより、1週間なら1週間という期限が決まっていれば安心して見守ってもらいやすくなります^^
結果的に、自分も周りの目を気にせずに思う存分落ち込みやすいです(笑)
1週間後にちゃんと再起すれば「この人はやるときはやる人だ!」と信頼も獲得できます。

まとめ

・うまく行っているときに頑張れるのは当たり前。
・大事なのは行き詰まったとき。
・そのときは「自分が試されている」「今こそ真価が問われている」と考え再起しよう。
・まあでも期限を決めて、ちゃんと落ち込んでから再起してもいいんじゃない?

というお話でした。

人生いろいろ、山あり谷ありで大変ですけど、その都度、調子に乗ったり、落ち込んだりしながら、道中を楽しんでいきましょう。

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